中国・鈍行列車珍道中 ―「おじちゃん、起こして!」の巻―


女性 35~39歳 OL

2004年夏。学生時代の私はゼミ旅行に参加し、訪中。5日間の日程で長江デルタ付近の企業を訪問した後、私は皆と別れ、中国一人旅を敢行。実は私は2年前に1年ほど中国で留学生活を送っていたので、そのときに出逢った現地の友人を尋ねようと企画したのです。上海から友人の住む金華へ。鈍行列車・硬座(3人掛けの硬いベンチ型の椅子)・ブラリ旅。移動は大した距離でもないのですが、当時の私は国際通話のできる携帯電話も持たず、もちろんタブレットも持たず、無防備にも列車のなかで眠りに落ちました。笑える失敗談は、スリやトラブルに遭った類ではなく、硬座に相席した隣の見知らぬおじちゃんの方にヨダレを垂らして爆睡していたことです。

次回への対策

警戒心ゼロの世界。これはこれで問題ですが、私の場合は面の皮が厚すぎました。道中はそのおじちゃんの肩を借りっぱなし。しかも、目を開けたと思えば、「?里是?里?(ここはどこ?)」と尋ね、揚句、「到了金?快要醒醒我?!??!(金華に着いたらすぐ起こしてね、ありがとう!)」とその人のよいおじちゃんに一方的にリクエストしていたことです。結果的には無事、目的地の金華に辿り着くことができましたが、その一件を中国人の友人に話すと、目を丸くしており、「???做太危?呀,以后不要??哦!(危険すぎる行動ね、今後は気を付けて!)」と叱られたものです。

飲食用の水ではなくて!?ある日の午後の公園にて


女性 30~34歳 フリーランス

今から10数年前のこと。某大学に学んでいた私は学校近場の公園でのお花見を企画し、ある春の日曜日、同期や先輩・後輩とともにお花見に出かけました。総勢7名程度のほどよい規模。先輩後輩の立場を超えて、気心知れた仲間内でBBQ。楽しいひと時。が、そのとき事件は起こりました。同期が事前準備としてメール連絡していた水について、私は思わぬ勘違いをしていたのです。「水持ってきた?」「うん!」と500mlのミネラル・ウォーターのペットボトルを差し出す私。「…」。皆、絶句。

次回への対策

何が起こったのでしょう。不思議そうな顔をする私に、その同期がこう言い放ちます。「僕が連絡した水は、飲食用の水ではなくて、野菜を洗ったり、手洗い用の水だよ」。一同、爆笑。そうです、私はてっきり飲食用の水を持参するのだと勘違いをして、コンビニで買い求めたのでした。しかも、そのことを疑うこともせず、自信満々に差し出した滑稽さ。求められていたのは、水道水でした。少しでも「おかしいな」と感じたら、事前に窓口に確認するほうが無難ですね。という訳で、オチと教訓は解釈と確認の温度差でした。

新入社員は、新入社員らしくしていれば良かった


女性 45~49歳 無職

まだ夫が社会人になったばかりの25年前のことです。

港のあるその町では、水産加工の工場がたくさんありました。

私も収入を増やすためにと選んだのが、水産加工のお仕事でした。

それはお魚の鱈(鱈)をすり身にする作業でした。

仕事は超カンタン、鱈やロウソクぼっけの頭を切り落とすだけなんです。

そこには、中学を卒業と同時に他県から、集団就職されて、その町で結婚し40年間そのお仕事を続けていらっしゃるご婦人(おばちゃん)方が大勢働いていらっしゃいました。

私の失敗は、そのベテランのおばちゃんたちに負けないように精一杯の努力をさせていただいたことでした。

40年ものキャリアの腕に勝てる訳はありません。

でも私は包丁をビカビカに研ぎ一心不乱でした。もしも、軍手と金属の網の手袋(支給される)をしていなければ何本、左手の指を切ったか分かりません。

だんだんおばちゃんたちの中には、私の包丁を見に来てくれる人もありましたが、お昼休みのご飯のときには私はいつも一人ぼっちでした。

ところが私より数日遅く入っていらっしゃった30代のご婦人は、私とはまったく違い.馴れない手つきで、やっと一匹切ると私は4匹位切るというほど遅いのです。

でも彼女にはおばちゃんたちはとても優しく「マルマルちゃんこっちおいで一緒に食べよう」と声を掛けるほどでした。

初出勤の日「お前なんで昼までしか働かねんだ」と聞かれ「主人が午前中だけにしなさいというものですから」と答えると「とんでもねー旦那だなー」と乱暴な口調のおばちゃんがおられ、まだ若かった私はムッと来てしまったのでした。 

次回への対策

やはりお仕事は和気藹々と楽しくが一番ですね。

お仕事効率よりも仲良く楽しくさせていただけばおのずから、成果も上がります。